2020年3月5日木曜日

近況

近況、と言ってもそんなにないような。
しかし長いこと書くのをさぼるとなにかいけないような気がして書く。

今朝、夢の中で、私は大文字山へ脇の枝道から行こうとしていた。そして、その枝道はすごい危険な道だったはずなんだけど、どうも見渡してもそんな道はなくて、はてこんなところだったかと 迷っていた。
あれは、起きてから考えると、たぶん小学校時代の千里第二小学校に通ってた頃の思い出がかぶってまざってたのだと思う。

小学2年まではあまり近くに小学校がなかったので30分ぐらい歩いて通っていたのだ。小さい頃の、その通う道での、ワクワクとちょっとした怖さがこころのどこかに残っていたのだろう。

記憶は混じるし、変わるし、あてにならない。
こうやって書き残すことで少しは正確なものが残るかとか思うが、まあ気休めだろう。
正確であったところでどうということもないし。



今年になって、すこしづつ、変わってきていることもあるにはある。
コーヒーの味の違いが少しは分かるようになってきたり。





2020年1月3日金曜日

初夢

あけましておめでとうございます。

今朝の夢。

知らない田舎町を電車で旅をしている。一人旅。駅にいる。
どうも乗り換えがよく分からない。一本間違えて乗り過ごしたらしい。
ややあわてて次の電車に乗る。すると、アナウンスが「もうだいぶ古びた鉄線なので、吊られなければしょうがない。まあ、人生もそんなもんでしょう。」と変なことを言う。何のことかと窓の外を見てみると、自分の乗ってる電車の線路が、途中からケーブルカーのそれになっている。そしてそのケーブルがぼろぼろだ。そういうことか、と思っていると電車が大きな金属で挟まれて、電車ごとクレーンで持ち上げられた。


2019年11月26日火曜日

ラファエル前派展

人によっては「今頃かい」、と言う人もいそうですが、あべのハルカスへ「ラファエル前派展」を観に行って来ました。



不勉強なもので、歴史的な由来とかは知りませんでした。ただ、個人的に、あのダンテ・ゲイブリエル・ロセッティやジョン・エバレット・ミレイの絵画の不思議な色気の理由を知りたいな、とずっと思っていたのです。

なので、今回は、その辺りを考えながら展覧会場をぐるぐる歩き回ってました。

ロセッティ、モリス、ラスキン、ミレイ氏らの複雑な三角関係や不倫?などがパンフに図示されていたりしてましたが、どうも私としてはそれが主な理由としてあの色気があるとは思いたくない。

だって、モデルと関係とか、友人の奥さんとか、そんなのよくあることじゃん。それは彼らに特有なことではないし、主な理由になり得ないと思うのです。もちろん、表現の要素の一つではあるとは思いますが。



それで、ぐるぐる歩きながら考えたところ、おそらくは、これは、時代のせいなのではないか、と。
具体的に言うと、モデルの眼はもう現代とは言わないまでも、近代人の眼になっているのに、衣装や状況はクラシカルな絵画になっている、という微妙なコスプレ感が色気を出しているのではないかと思ったのです。

1850年ぐらいから1900年ぐらい、もう神様は素直に信じられる時代じゃないし、素直に写実的に具象を描けば「どうしよう、私たち」という私たち人間がある、という状況が妙に心打つというか、古典的なのに妙に生々しい感じで迫ってくる、ということなのではないか。


どうでしょうね?

2019年11月22日金曜日

エル・チョクロ

ここ数日どうも体調が思わしくなくて、主にひきこもってだらだらしていたわけですが、それでもちょこちょこと、気になってたことをやったりしてました。

えーと、タンゴの古典「エル・チョクロ」という曲を私はわりとよく弾くのです。この曲はもともとベーシストの西村直樹さんが教えてくれたのを、気に入って自分でもソロでよくやっているのですが、由来とか歌詞とか何も知らないので気になっていました。

それで、先日、お客さんとして来ておられたスペイン語翻訳家の平井うららさんから、タンゴの歌詞集を貸していただく機会があり、「ちょっとちゃんと読んでみようかな。あわよくば自分流の訳文を作ってみようかな。」と思ったわけです。

それで、やってみたものの、どうももやもやする。それでネットで調べてみたら、もっともやもやする。もやもやしたものを書くのもどうかなとも思うのですが、とりあえずそのまま、もやもやと書いてみることにします。




EL CHOCLO

letra de Enrique Discépolo,Carlos Marambio Cantán
Música de Angel Gregorio Villoido


Esta milonga que es en mis horas de tristeza,
Te examiné en tu recuerdo cariñoso.
Encadenando me has tú notado dulcemente;
Siento que el alma se me encoge poco a poco.
Hoy que los años han blanqueado ya mis sienes,
¡Tango querido, viejo tango que me embarga
Con la cadencia de tu música sentida !
Recuerdo aquello época tan linda que se fue.

このミロンガはおれの悲しみの時間、
おまえのいとしい記憶を呼び起こす。
おれは縛りつけられたようになっていて、お前は気づいていた;
おれの心はちょっとずつキュンキュンしていたんだ。
今はもう年月がおれのこめかみを白くしてしまった、
愛しいタンゴよ、古きタンゴよ!
お前の和音の流れがおれをつかんで離さないのだ!
過ぎ去ったあの美しい時間を思い出させるから。

Por tu milagro de notas agoreras
Nacieron sin pensarlo las paicas y las grelas,
Luna en los charcos, canyengue en las caderas
Y un ansia fiera en la manera de querer...
Al evocarte...
Tango querido...

おまえの預言者のような不思議な音色から
思いがけずもパイカとグレラのような恋人たちが生まれたのだ。
みずたまりに映る月、カニェンゲダンスをする尻
愛に飢えたけだものの欲望のマナー
お前を思い出す時…
いとしきタンゴよ…

Siento que tiemblan las baldosas de un bailongo
Y oigo el rezongo de mi pasado
Hoy que no tengo...
Más a mi madre...
Siento que llega en punta a pie para besarme
Cuando tu canto nace al son de un bandoneón...

おれは踊り場の石床が震えるのを感じる
そして過去のつぶやきを聴くのだ
今はもう…
母さんもいない…
おれにキスをするために、つま先立ちで近寄って来るのを感じるよ
バンドネオンの音色からお前の歌が生まれる時にね



(アンヘル・バルガス版より)



日本語訳は池田が書籍の細川幸夫訳とグーグル翻訳および画像検索やユーチューブ情報などを見比べてでっちあげたものです。
訳していて言うのも何ですが、なぜお母んが出てくるのか、とかよくわかってないです。
そもそもこのアンヘル・バルガス版の歌詞、書籍によると「マラビオ・カタンとディセボロの歌詞をうまく編集してアンヘル・バルガスが歌ってるレコードから収録したもの」らしいので、オリジナルの意図などはよくわからないかも、なのです。

では、オリジナルの意図とは何か、これを調べ始めるとまたややこしい。

まず、英語版のWikiを参照してみたら、

「最初、Villoldoさんが書いた歌詞は食べ物としてのとうもろこしの詞であった。彼はのちに別バージョンの”Cariño Puro”というタイトルの詞を書いた。また他のバージョンを、Carlos Marambio Catánさんが1930年に書いた。しかし一番有名なのは、Enrique Santos Discépolo さんの1947年バージョン。これは人生の方法としてのタンゴを歌っている。」(Wiki英語:読み違えてたらごめん)

とある。うーん、よくわからんけど、ディセポロさんバージョンが一番有名で出来がいいってことなのかなあ…?

それで、念のためにスペイン語版のWikiを参照してみた。
すると、

「El chocloのオーケストレーションはÁngel Villoldoさんによって1903年に発表され、1905年に出版された。しかし、もともとのメロディー"タンゴのGuardia Vieja"と呼ばれる部分は1898年には作曲されていた。その作曲にはCasimiro Alcortaという今は忘れ去られて不遇のうちに死んだ黒人のバイオリニストが貢献していたらしい。
1903年にブエノスアイレスのエル・アメリカーノ・レストランで、ホセ・ルイス・ロンカージョ楽団が楽譜を書き起こした時、現地オーナーとの衝突を避けるため、下層階級と共演するときには「クレオール・ダンス」という曲名にして演奏していた。
エル・チョクロはとうもろこしの意味で、ヴィジョルド自身はシチューの具で一番美味しいからその名前をつけた、と言っているが、とうもろこしのような毛の人の渾名だとか、タンゴが生まれた売春宿地帯のことを指してるのだとか、いろいろ言われている。」
(wikiスペイン:読み違えてたらごめん)

とある。ええ?それって、作曲そのものもパクリかもってこと?、いや、パクったとまでは言わなくとも部分的無断流用なのかも?、カシミロって誰?

こうして、調べれば調べるほどもやもやが広がってゆき、よくわからなくなって来ているのです…。まあ、日本で言えば明治時代の頃の話、あいまいでも不思議はないのですけど。

2019年11月5日火曜日

「しるこの園」書き起こし脚本

11月1日より、第45回やみいち行動「しるこの園」書き起こし脚本を販売しております。
 小さ子社さんの協力で、自費出版という形での作成です。販売は、現在のところアマゾン、楽天、ヤフー、honto等々 サイトから注文できるようになってます。「しるこの園」で検索すれば出てきます。


過去にも、やみいち行動の書き起こし脚本化、というのはちょっとずつやっておりまして、古くは20年前「あんこく街」の頃にやっているのですが、(現在もやみいちHPの「過去の行動」から無料で見れるようになってます。)書籍化して販売するというのは今回が初めてです。

一般の、やみいちを観たこともなければ、戯曲を読んだこともないという人にとって面白いかどうかは皆目わからないです。そもそも戯曲を読むというのはハードルの高いことですし、私自身昔学生のころ何も知らずに唐十郎戯曲、つかこうへい戯曲、野田秀樹戯曲など読んだものの、恥ずかしながら初めて読んだときはわけわかりませんでした。戯曲には、上演されているものを知らないと理解しにくいタイプのものが確実にあります。そうじゃないものもありますけど。

なので、まあファンブック感覚で読むものなのかもしれないと疑いつつ、しかし私にとって、いやおそらくは、やみいちを好きだと言ってくださる方であれば楽しめるものだと信じております。
(あわよくばもしかして、知らない人にも伝わるなどということがあればという、かすかな期待も無くもないと思いつつ。)



実は、「しるこの園」は結構いい出来になったから、映像記録をYouTubeに公開しよう、という企画があったのですが、いろいろ話した結果取りやめになった経緯がありまして、
ちょっと残念に思ってました。
だから、カフェギャラリーときじくさんから、本にまつわる企画展に参加しないか、という連絡を受けたときに、「久しぶりに、やみいちの記録を聞き、書き起こし脚本を作ってみよう。」という発想が私の中でつながったのです。

書き起こし作業は楽しかったです。当日に分からなかったネタを、検索して「ああ、そういうことだったのか」と理解したりしました。
そしてそれが本になっていく過程での、フォントを決めたりページ番号ふったり、後付けを考えたりという初めての作業も楽しかったです。

この、書き起こし脚本を作るという企画自体が広がっていくのか、しぼんでいくのか、分からないけど、ともあれいろいろやってみてちょっと違う景色が見れたら楽しいな、と思っております。




2019年10月8日火曜日

ここ数日

ぱらぱらとここ数日のことを。

 3日木曜、神の池ライブ。真奈美さんは検査入院のためお休み。お客さんは、まあ、ぼちぼちだけど、ちょっと暖かい反応をもらえたので嬉しかった。…それにしても若い客は、カンパ額が少ない。できれば500円か1000円入れて欲しいのだけど、なかなかそうもいかない。さもしいようだが、カンパが少ないと気持ちがちょっとしょぼんとしてしまう、ということはあるんだよなあ。と言いつつ、私も客としてはかなりケチな方である自覚はあるのだけど。

 4日金曜、今月29日にイベントをするZAC山荘の下見。社長さんが直々で車で迎えに来てくれた。緊張した。でも、なんだかワクワクする。山の中の隠れ家って。ZAC山荘いろいろ施設は充実してるみたいだけど、こっちに使いこなすノウハウが無いのが歯がゆい。しかし、いろいろ考えてゆかねば。

5日土曜、ときじくソロライブ。いい感じにほっこりできた気がする。プレートには柿を焼いて入れてみた。これはもうちょっと工夫が必要か。ライブの後、なぜか大豆をたくさんもらった。豆腐屋の人がけがをして作業ができないので材料が余ったとか。せっかくなのでこれを機に納豆作りにチャレンジしてみることにする。

6日日曜、朝のうちに豆を水につけておく。昼にチェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』を観劇。ジャージでコンビニに行ったらゴダールが居て話しかけてきた、というような印象の芝居であった。思弁性を求めると世界は独り言に近づいていくよな。帰って、夜は納豆を仕込んだり。

7日月曜、ひさびさに川っぺりに行ってアコーディオン練習。日差しが強い。本当に10月かよ。自転車で通りかかったどこかの外国人が「クンビア!、クンビア!」と言ってアコーディオンの楽しそうな曲を私に弾かそうとするのだが、全然知らないのでソーリーというしかなかった。残念。
帰宅して家が納豆の匂いにまみれていることに気が付いた。そうか、納豆ってこんな匂いだったっけ、と不思議な気持ちになった。おおむね発酵したようなので、冷蔵庫に入れて熟成させることにした。

2019年9月21日土曜日

まめちしき

ここしばらく、やみいちのおこし脚本を書籍化する作業をすすめてます。

私は貧乏性もあって、PCにワードを入れてないので、テキスト成型はフリーソフトのLibreofficeを使っているのですが、縦書き設定で、端っこにページ番号をつけるのが非常にめんどうだったので、今後の備忘のためにも、やりかたをメモっておきます。

・まず、カーソルをヘッダーなりフッターに持って行ってから、「挿入」、「ページ番号」
・最初のページにカーソルをもってゆき、右クリックで「ページ」、「管理」タブの項目で次に続くスタイルを「標準スタイル」に。
・3ページ目にカーソルを持ってゆき、右クリックで「ページ」、次に続くスタイルを「左ページ」に。
・このままだとなぜかページ数が飛んでしまうので、3ページ目のあたまにカーソルを持って行き、右クリックで「段落」「段落」、上のタブで「体裁」を選択し、「挿入」「ページスタイル付き」にチェックを入れて、ページ番号を「3」に。
・4ページ目にカーソルを持って行き、右クリックで「ページ」、次に続くスタイルを「標準スタイル」に。
・4ページ目の、ページ番号が書いてある部分が左になってると思うので、タブを2回打って右に送る。
・「書式」「タイトルページ」で「既存のページをタイトルページに変換」、タイトルページ数を2にして、最初の2ページ(表紙とか目次とか)の番号を抜く。

多分、これはあれだな、洋書だと左のページが偶数番号になる習慣だから、左ぺージに「左ページ」と設定しちゃうと強制的にページ番号も偶数に飛ばされてしまうという…。
だから左ページを「まあとにかく標準で」と設定して、右ページに「左ページ」という名前を付けることでごまかしてしまう、ということをした訳なのだけど、いやあめんどくせえこと。