京都日本画協会第12期展を見に行ってきた。多数の作家が参加しているけっこうバラエティに富んだ感じの展示だった。まあ、最近は日本画でも洋画でも境界線があいまいになってきている感じはあると思うのだけど。
個人的に好きな絵の傾向として、具象と抽象の境界線を攻めるようなものが好きなのだが、日本画の場合は具象と抽象というより、具象と文様というかデザインパターンの間を攻めるような作品が多い傾向にあり、それはそれで面白いよなあ、と思った。
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庭にどくだみが繁茂しているので、まあタダだからと試しに摘んで茶にしてみたら、意外とおいしく飲めるものが出来てちょっと驚いた。カフェインちょっときついなというときに重宝する感じ。まあもちろんまだ緑茶もコーヒーも紅茶も好きなんですけど、それはそれとして。
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「夕顔の花 虚子連句論(村松友次著)」を図書館で借りてきて、ちょっと読んでいる。
私の思うに、連句はアートというよりゲームの要素をたくさん含んだものであって、そこから才気によってアートの要素を多面的に演出して(発句部分を取り出して)見せたのが芭蕉で、さらにそこからアート部分を煮詰めようとしたのが子規~虚子ということになるのではないか。
そして、何で子規がそれをやろうと思ったかというと、それはたぶんマスメディアの発達によって、「作品を誰に見せるか」というのが変化してきたのを敏感に察知した結果なのではないのか、というのもまあ推測だけど。
ともあれ、昔からそういったことがいろいろぐだぐだ話されてきたんだな、ということが分かって、まあその辺がなんとなく知りたくて読み始めたのだけど、そうだよなあ、と感じている。
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こうやって書いている文は瞬時に全世界に発信されているし、 内容はAIによって分類されどこかの誰かにいつのまにかおすすめされているのかもしれない。我々の発した言葉はどこをただよってどこへたどり着くのか。