2026年3月2日月曜日

表現者と左翼

 先日、SNSで流れてきたので、なんとなくYouTubeで、[ニュースの争点]「なぜ左翼は反日なのか?左翼嫌いのための左翼史(革命家 外山恒一)」を観た。そこでは左翼という概念の変遷がフランス革命から現代にいたるまでざっくりとわかりやすく解説されていた。それで観た結果これまでいろいろと、もやもやとしていたものがある程度、頭の中でまとまった気がするのでちょっと書いてみようかと思う。

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まず思いだす、「もやもやしたもの」が何かというと、それは学生時代のことになる私は大学に入った初めのころは、学生運動のことなどほとんど知らなかった。それなのに大学に行ったら突然教室にヘルメット被った人が入ってきて、「君たちは!こんなことを!してる場合じゃないんだ!」とか叫びだしたのでびっくりした。私は見たことのない珍獣を見るような気分で彼らを遠くから見ていた。あるいは登校時に門の前でゲバ字の看板を前に彼らがアジっているのもよく見かけたが、関わり合いになろうとは思わなかった。

しかし、こちらは関わるつもりがなくても、ヘルメットをかぶった彼らはよく門の前で待ち構えていて、からんできた。「こんな状況なのに、見過ごすことはできないと、思わないのか?」と彼らは聞いてきた。話を聞くと、確かに彼らの言うように世の中にはひどいことがたくさん起きていて、それを見過ごすことは悪いことのような気もした。けれど、彼らについて行って彼らのような行動をしても、それがよくなるような感じもしなかった。だから黙っていつもやり過ごしていた。でも当時はなぜそう感じるのかをうまく言語化できなかったので、ずっともやもやしていた。 自分はこうやっているだけで、実は悪いことをしてるんじゃないのか?、そんな後ろめたさが頭の後ろにそっと張り付いているような気持がしていた。

 現代日本の左翼と右翼については諸説あるかもしれないが、私の漠然とした印象では、ちょっと悪く戯画化していうなら「戦争ハンタイ」と言ってるのが左翼で「日の丸バンザイ」と言っているのが右翼、というイメージだろうか。

しかしながら考えてみると、左翼が戦争反対で右翼が戦争推進のような言い方はちょっと変で、多分右寄りと言われている政党も実際戦争したいとは思ってなく、ただ、国際関係においてどうすれば戦争を避けられるか考えたときに、「兵隊がいれば戦争を避けられる」と考えるか「兵隊がいないほうが戦争を避けられる」と考えるかの違いで、右翼と左翼に分かれているのだろう。すくなくても現代日本では、たぶん。

そして、兵隊がいたほうがいいのかどうかという問題、これは正直、正解がわからない問題なのだろうな、と思う。これも誤弊がある例えかもしれないが、ガラの悪い中学校の教室でどうすればケンカせずにすむか、みたいな状況に思える。体鍛えて格闘技習っても「いきっとんなやワレ!」とケンカになるかもしれないし、笑顔で控えめにふるまっていても「きもいんじゃボケ!」と理不尽に殴られるかもしれない。状況によって何が吉と出るか分からない。

中学校に例えるのはひどいと言われるかもしれないが、国家の倫理観というのは個人間の倫理観よりだいぶ下がってしまう、というのは漱石の「私の個人主義」で読んで教わったし、その通りなのだろうなと思っている。でもさすがに幼稚園児の倫理観ではないだろうけど。

 なぜ国家の間の倫理観が下がってしまうのかというと、それはある程度以上自分から遠い他人に同情するのは、だいたいの人にとって無理だし、しんどいからだろう。アフリカで10万人の人が苦しんでると言われて、じゃあその10万人に同情して10万人分寄付できるかと言われても普通の人はできない。自分から遠い人に同情しはじめるときりがないので、だいたいの人は想像力に蓋をして、自分に関わることと、その親しいコミュニティのこと以上は考えないようにする。それがいけないというわけではなく、そうしなければ大抵の人はやっていけない。

歴史を考えてみれば、たとえば、アフリカの部族は隣の部族を白人に売り渡すことで奴隷制度を手伝っていたし、日本だって隣国の武将を殺すことが誉だった時代はあった。そこに「お隣さんに対する同情」はなかったし、同情してたらやってけない時代でもあった。

だから自分から距離が遠くなればなるほど同情心も倫理観も下がる。それでもお互いどうにかこうにかやっていこう、というのが国際政治なのだろう。 

左翼の話に戻すと、(外山氏の解説では)フランス革命成立当時、フランス人民の自由と平等をできるだけ押し進めようとしたのが議会の左側に座っていた左翼で、貴族と妥協して協調しようとしていたのが右翼だった、それが時代を経るにつれ左翼は世界人類の自由と平等を言うようになり、右翼は国家の安全を言うようになっていった。おたがいに、「守る対象」が変わっていった。

それは主に共産主義とその変遷に影響されてのものだ、と解説されてたしそうだろうなと思う。彼らはインターナショナルを志向し、今はマイノリティにも配慮していこうとしている。そうやってどんどん「守る対象」を拡大しようとしていったわけだ。その大きな潮流が今の左翼やリベラルといった人たちの傾向に影響して今の状況になっている。確かに理屈で言えば、世界のみんなが、平等に、権利と自由を享受するにはそうしていくべきに思える。(おそらくさらにその原因となっているのは情報の伝達の進歩によって「お隣さん」の概念が変化したことなのではないかと思うのだがどうか)

もちろん、そんな理想的に「みんな自由で平等に」物事は進まないし、ソビエトはロシアに戻り、共産化した諸国の多くは内戦で苦しんでたりする。 共産主義は美しい理想だが人間はそんなに美しくない、ということが20世紀の100年でだいたい分かってきてしまった。頭でっかちの理想主義で平等を押し付けても、たいがいひどい結果になってしまう。

ただ、じゃあ理想を語るのが間違いなのか、というとそういう訳でもなく、結局、理想と現実の両方をできるだけしっかり見据えていくのが必要、というなんか当たり前の言い方になってしまうがそういうことなんだろう。

私の周りにはどちらかというと左翼よりの考え方を持っている人が多い。それはクリエイターとか表現に関わっている人が多いからだろう。そしてそれはそれでよいと思う。なぜならよりたくさん他者に共感してゆくというのが表現者の多くの在り方(すべてではない)だと思うから。 

 

 

 

 

 

 

2026年2月4日水曜日

新千歳空港の一夜

 北海道に行ってきた。

ライブのことやら食い物のことやらもいろいろあるのだが、今回ここで書くのは帰路でのこと。1月25日、札幌の記録的大雪にぶつかってしまい、見事帰りの飛行機をのがしてしまったのだ。

LCCでケチって保険をかけてなかったのもいけなかった。 JR快速エアポートがストップしてしまったため、ずいぶん余裕のある時間の組み方をしていたにもかかわらず、規定時間に空港にたどり着けなかった。結果飛行機代は無駄になって買いなおさねばならなくなった。

実際フライトは夕方6時からだったが、札幌駅には昼頃についていたのだ。4時間以上余裕のあるスケジュールのはずだった。しかし、すでに電車はほぼストップしており、30分ほど寒いホームで待ったのちに1本だけ運行された電車には人が多すぎて乗れなかった。そして、そのあとに続く電車は運行されなく、除雪作業のため6時まで運休という無情なアナウンスが入った。


 

考えてみるとややこしく、いつJRが再開して空港につけるか分からないため、次の飛行機を予約していいのかもわからないという状況になっていた。もし予約した時間にまた間に合わなかったら目も当てられない。

しばらくは改札で状況を見ていたが、寒いし、状況も変わらないしなので、いったん札幌駅前のネカフェに行って、休みながら状況を見ることにした。 

しばらくしょうがないのでネカフェで漫画をよんでいた。Hunter×Hunterの暗黒大陸編とかそういやちゃんと読んでなかったな、と思って一気読みをしようとしたが、字が多すぎて目が疲れた。その間にもちらちらJRのサイトなど見ていたが、状況は正直よくわからなかった。

夕方6時ごろ、JRの改札にもどったが、何も状況はかわらず、しばらくして除雪作業のための運休が夜9時までに延長された。この時点でもう、今日空港に行くのは無理だなと思った。しかしホテルを探す気力もおこらず、まあいいやとネカフェに戻って一夜を過ごすことにした。

戻ったらネカフェは混んでいた。ぎりぎり一枠だけ空いていたブースをとってぐったりした。店内には床でだらだらとしているおっさんや若者やなんかがカオスな雰囲気を作っていた。こういうのが嫌いな人もいるだろうけど、自分は別に大丈夫だな、と思った。しばらくして見ると受付に行列ができていた。行き場をなくした人が流れてきたのだろうか。

この時点でサイトを見ている限り、翌日の飛行機はLCCはもう便がないが、LCCでなければ(つまりそこそこお金を払えば)まだあるようだった。まあなんとかなるさ、空港に行ってから考えようと、そのままブースで仮眠をとった。サービスの無料コーヒーと朝食のパンとソフトクリームは食ったがそれ以外は食べなかった。

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翌日の朝の情報だと、昼までJRは運休のようだった。なので昼までそのままネカフェでごろごろして、昼過ぎに半信半疑で行ってみると、なんとか運行が再開されたようだった。ともかくぎゅうぎゅうの電車の隙間に滑り込んで乗ることに成功した。でかいスーツケースの外国人観光客が多いせいで、見た目は人の間に隙間があっても実際はそんなに入れない感じだった。札幌で満員になったので空港までのほかの駅では乗れない人の嘆きを聞きながら進むことになった。ちょっとつらかった。

 空港に無事着いたので、とにもかくにも帰りの便をとろうとネットで航空便をさがした。しかし昨日の時点でそこそこあったはずのその日の航空便はみな売り切れだった。 そして次の日の便も残り少なかった。これは迷ってるともう売り切れてどうしようもなくなるのではと思い、あせって残り少ない次の日のANAの朝の便を買った。(教訓:こういう時代理店のサイトからチケットを探すべきではない。航空会社のサイトから直でチケットを買うべき。)

さて、なんとか飛行機も抑えられたし、まあ空港内の温浴施設で確か宿泊できたはずだ、そこで一泊して次の朝さっと帰ればよい、と4階の新千歳空港温泉に向かった。 しかし話はそんなに簡単ではなかった。温浴施設は6時の開館でいったん開いたものの、幾人かの客を入れるとすぐに満員表示が出てもう客を受け付けなくなってしまったのだ。

この時点で疲れがたまってたのか、もう呆然として考える気力がなくなってしまった。ロビーの壁際にへたりこんで、そのうちちょっとは空きが出ないかな、とたぶんないだろう期待で施設の入り口をながめながらぼうっとしていた。温浴施設の従業員が、次々と来る客にえんえん謝っていた。そしてそうしているうちに、似たように地べたに座りぼうっとしている人がそこらじゅうに増えていき、4階のロビーは難民キャンプみたいな風景になった。(このときは再びJRが止まったことにより空港内に7000人が閉じ込められており自分がその一人になっていることに気が付いてなかった)


 

そのうち、電源を端末に充電しないとそれはそれで詰むということに思い至って、電源を探しに階下へ移動した。しかし、なかなか電源は見つからなかった。ラウンジコーナーの電源も柱の電源もみな他の人が使用していた。 しばらくして2階の休憩コーナーの向かいの廊下の壁でようやく電源をみつけた。すぐに電源を差し、廊下に座って充電が終わるのを待った。廊下は冷たかったが背に腹は代えられなかった。

充電が終わって、ふらふらと座れるところを探し、3階のもう閉まったレストラン街のわきの椅子で座ってうとうとしていると、守衛の人が来て「すいません、2階と4階は開放してますので、移動してもらえますか。」と言われた。立ち上がって2階へ行き、休憩コーナーらしきところの椅子に座ってテーブルに突っ伏して眠った。ちょっと寒かった。

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 目が覚めると、近くの床には断熱材を敷いたうえ寝袋にくるまった人たちが寝ていた。どうもいつの間にか空港の人がくばったらしかった。ともかく寒かったので、自販機で温かいものが買えないかと歩き回った。

だが、2階にも3階にも温かい飲み物の自販機は見つからなかった。1階にいってようやく見つけた。夜が明けていた。ようやく開いたコンビニで念のためフライトチケットのプリントアウトをした。

そのあとはぼうっとしてあまり覚えてないが、レストランが開く時間にラーメン屋に行ってラーメンを食べ、時間通り搭乗ゲートに行き無事飛行機に乗り帰ってきた。 

 


 

 

 

 

 

 

 

2025年12月5日金曜日

近況

 パソコンが壊れた。突然画面が真っ黒になって、BIOSすら立ち上がらなくなった。マザーボードの電池変えたり、いろいろやってみたが駄目だったのであきらめて、新規購入した。今回はもう中古でそこそこのものを買うことにした。

13年前に買った旧パソコンのメモリはDDR3で、それにあわせるとさすがにスペック的にどうよ、となりそうなので、過去のメモリはあきらめることにした。 大事なもの、あったかなと考えたがよくわからないまま、まあいいやとなった。

いつの間にかクラウドバックアップされていたものとか(なんでこんなもんバックアップされてんねん、みたいなののほうが多かったが)外付けに残してたものを合わせると、まあ思ったほどの被害ではなかったかなと思う。あ、譜面をけっこう書き直さなきゃというのは面倒だが。

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記憶たちは書き記さないとどこかへ消えてしまうが、書き記すことにどれだけ意味があるのか。 

 ショスタコービッチのフーガを寝る前に時々聴いている。クラシックの作曲技法のことはよく知らないけど、とりとめもなくトニックに落ち着かない感じが、「そうだよな、そんな風にとりとめもないことってあるよな」と思えて妙に共感できる。

料理のマイブームは、今、柿をユズと砂糖で漬けたもの。 

 

2025年10月30日木曜日

近況 2025 10 29

 いつの間にかWindows10の保証期限が切れていた、というか告知が来ていたのは知っていたのだが面倒だからほっておいたのを忘れていたのだ。こういう時、BTOでPC組んでるのでいろいろちょっと面倒だ。とりあえず、ESU登録すれば、セキュリティは継続してくれるようなので、ぽちっと設定して、念のため本当にWin11にアップデートできないか調べたが、マザーボードのメーカーサイトに行ってみたら、CPUチップセットがTPM2.0非対応だと書いてあったのであきらめた。いろいろややこしいよ。何年かは持つとしても、さて、買い替えるときどうするか…。

今年は何年かぶりに、わりと庭の柿が採れた。干し柿はあっという間に食べてしまうんだよな。つるすのは結構手間なんだけど。


2025年9月17日水曜日

近況 20250917

 炭火でコーヒーを煎ってみた。ガスよりも遅めだけど、均一に火が通ってムラがない感じ。さて味はどうなるか…。

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 最近のSNSは、インスタもXも広告や無駄にエッチな画像なんかの表示が増えてげんなりする。 統計的にAIがそういう画像を流しておけば顧客が見る可能性を増やせると判断してのことなんだろうけど。脳みその中を家畜化されてる感があるよな。考える能力が退化しそう。いやもうしてるか。

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 みかんゼリーのマイブーム下火になり、再び杏仁豆腐を作るようになる。

数年前からDuolingoをちまちまやっているが、時折問題の中に「価値観の押し付け」を感じていらっとしてしまうことがある。しかし考えてみると、昔から国語の問題はそういうものだったような気もする。ということはこれはもう語学問題の業のようなものなのではないか。 

  

  

2025年8月2日土曜日

暑中 2025 0802

 ピアノの練習をしていると、蝉の鳴き声がこちらに合わせてくるような感じになる時が、けっこうある。前から気になっていたのだが、奴等ははたして本当にこっちの音を聴いているのだろうか?


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JETSTARセールやってたので、これを口実に(?)また1月に北海道いこうかなと思いたった。安いチケットをさっと買おうと、セール開始時にパソコンの前に待ち構えてのぞんだが、なんか購入プログラムがすすまなくて待ってる間に一番安いチケットは売り切れになってしまった。混んでいるせいか、ブラウザのせいかよくわからん。しかしたぶんFirefoxを使ったのは良くなかったのだろう。次からは別のブラウザでやろうと思う。 

ともあれ激安ではないが安めのチケットが購入できたので、また北海道に行くことが決定。

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角煮を湯煎方式で作ってみたら意外にちゃんと柔らかくなった。今度からこうしようかな。放っておいても温度が上がり過ぎないのはよい。

 

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水無瀬三吟をちょっとずつipadに書き写しながら読んでいる。何かのためになるというよりは、お守りみたいな気持ちかも。

 

2025年6月18日水曜日

近況 20250617

 急に暑くなった。カレンダーのページを間違えて一か月分破いちゃったんじゃないかというくらい急に暑くなった。あわてて半袖と扇風機を出し、氷枕を冷凍庫にセットしましたよ。

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備忘:「ラムレの証言」ガッサーン・カナファーニー 岡真理訳(世界文学全集第3集より)

戦争(紛争)を描いた作品として強いリアリティを感じた。 こういう文学もあるんだ、ということは心に置いておこうと思う。

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戦争のリアリティ、という意味で心に残っている文学は、スタインベックの「エデンの東」の自伝的ワンシーンだ。子供の頃、近所のドイツ人のパン屋が戦争が始まったとたん皆にひどいことを言われるようになってしまう。君は僕の味方だよね、と幼いスタインベックにパン屋が話しかけるが、彼はつい悪口を言ってしまう。するとドイツ人のパン屋は泣き出してしまうのだ。