出町座で、パフォーミングアート映画特集をやってるので見に行ったら、たまたまピナバウシュのドキュメンタリーだった。ピナバウシュ関係の映像作品を見るのはこれでたぶん3回目ぐらいだと思うのだけど、いつもあちこちの断片に妙に想像力をくすぐられる。例えば涙をぬぐう所作と拍手を交互に繰り返す、たとえばガーシュインの歌の歌詞を手話で語る、などなど。どうやったらこんなうまく「含みのある断片」を見つけられるのか。練習の時ダンサー一人一人に「愛とは何か」を聞いて答えさせるシーンがあったが、もしかしてそういう風にして、お互いのコミュニケーションの中から掘り出しているのか?
思うに、こういう所作の断片にドラマが内包されているのであって、総体としていわゆるドラマを作っているわけではない。しかし断片としてのドラマのようなものが視覚的につながって、全体としてのコレオグラフィーを成立させている、ように見える。それは、文学において詩(口語自由詩の多く)がやっていることにかなり似ていると私には感じられる。
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帰りにスーパーに寄ったら、大袋入りのタレ無し納豆が売っていた。最近時々タレ無しを見かけるような気がするが、もしかしてタレ無しムーブメントがきているのか? 正直、最近私も変なタレを使うよりは白だしとか醤油使ったほうがいいかな、と思ってきているのでむしろありがたい。
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